looking for the part of light in the KOYA

雑念

先月末ごろに京都に行って以降からすこぶる調子が悪い。

思えば僕は京都に行くといつも具合が悪くなっていた。京都に行くとと頭痛になったり風邪をひいたりしていた。
そんなことが過去にも3回くらいあった。
今回も行った直後から急性難聴になり片耳が聞こえなくなった。
同時に別の個所にも違和感があったので病院に行くとプチ手術が必要とのことになり、今も術後で体力低下が半端ない。抗生物質のせいなのかすごくだるい。

不合理なことだけど、なんとなく、合わない土地というものというのはある気がする。
僕にとって京都はやはり鬼門だと思う。京都に行くとひどい目にあう。
もう京都には行きたくない・・・



このところ、yahooのやつとかblogosみたいなトピック系ネットメディアを見ていて思ったんだけど、本当にゴミ屑みたいなメディアだなと思った。
まず「ネトウヨ」の巣になっている事、そしてトピックの選定もそういう層にウケそうな突っ込みどころのある記事にしていること。
喜んでこういうサイトに「意見」を書き込むような事はかなりの時間の無駄だ。2ちゃんレベルの「意見」がオピニオンぶって書かれているだけなので、そこから学べるものなんてない。
今僕がしているように自分のブログにでも書いていたほうがいい。サイト側の意向に踊らされることもないし。
彼らは商売だからサイトを訪れるものをアディクトにしたいのだという事を忘れてはいけない。



ふと思うのは禁欲者は理想主義でなければ意味がないという事だった。

禁欲をするのは手段であって目的ではない。
理想のものを手に入れられないのならば、代わりのものは拒否するという姿勢が本質だ。
たから、現実主義であることと禁欲者であることは本質的に相反するものだと思う。
たとえば子供がいるのならばまだ理解できるが、独身のくせに保守的なことを言うような中年男性はみっともない。

何も手にしていないから理想主義であることができることに祝福を感じないのならば、何のためのオナ禁だったのだろうか。
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Author:SKM
妄想が世界の超内向的なアラサー。
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