looking for the part of light in the KOYA

よろいど

僕はこれまで自分は無価値だと思っていたし、自分には何か重要なものが欠けていると思っていた。
それは今でも変わりはないのだが、最近は周辺事情が少し変わったことで、
心理面での変化が訪れている。

ようやく僕にも役目が与えられていて、そして僕もそれをやりたいと望んでいる。

僕はずっと長い間、何の役目も持たずにいた。
僕は夢想を続けてきた。
それは別にやりたいことではなくて、ただ時間をやりすごすための夢想だった。
その状態で、僕は僕を導いてくれる強い情動を求めていた。

時間が過ぎて僕が歳をとったことで、夢想を続けられる時間がなくなり、
この自身の置かれたタイムオーバー状態のなかで、僕の能力でなんとか処理できる程度のものが、
僕に割り振られただけの話ではある。

そして僕はもはや情動を求めていない。
ただ僕のチューニングをしてくれるものを求めている。


僕の心の型に光を当てて、その影が形作るものを見つめる。
そのかたちの通りに、僕は現実のなかでそれを作ることしかすることができない。
それ以外の自由はない。

必要なものは、もっと光と、僕の視力。

光が足りな過ぎて、僕はこのところは消沈している。


ところで、僕は光というものは日陰にあるものだと思っている。
僕にとって光とは、心の型にあてて、その影を見るためのものだ。
それは光の不在を告げるサインであるから、明確な指令なのだ。

夏の日の木の葉の黒い揺らめきや、暗い部屋に差し込む光線こそが、真の光のかけらだと強く感じる。


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Author:SKM
妄想が世界の超内向的なアラサー。
中小企業勤務の底辺リーマン。

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