looking for the part of light in the KOYA

自転車で疾走するモルモン教徒がハーイと言ってきた。僕はまつもとゆきひろを思い出した。

オナ禁にはもう興味がない。
禁欲にも興味がない。
僕は欲望に悩まされる事はなくて、欲望の無さについて悩んでいるからだ。
欲望がないという事は、僕が素晴らしい未来に向かう事ができないという事だ。

欲望がない人間には、合理的な判断をする事ができない。
何に対して合理的だと言える対象がないから。

信じることしかできない。
信じることは不合理なことだ。
しかしこの不合理さから全てが始まる。
その後の行為や判断は、すべてその不合理性に捧げられる。

失ったもの。
帰りたい場所に満ちているもの。
それは純粋さの中心。
光のかけらがすべての光に通じる場所。

人間に問われているのは、どれだけ一点集中して狂っているかということ。
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Author:SKM
妄想が世界の超内向的なアラサー。
中小企業勤務の底辺リーマン。

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