looking for the part of light in the KOYA

どうでもいいとは言いたくないがどうでもいいんだからしょうがないじゃないか

ビル・ゲイツが15年以上前に予測していた現代のテクノロジー

①自動価格比較サービスが登場し、複数のウェブサイトを横断して価格を調べることが可能となる。これにより、あらゆる分野で最安値の商品を簡単に見つけられるようになる。
②人びとは小さなデバイスを持ち歩き、絶えず連絡をとりあったり、場所を問わず電子化されたビジネスを行うようになる。また、ニュースのチェック、予約したフライトの確認、金融市場の調査など、あらゆることが可能となる。
③自宅の監視カメラから動画を配信することが普及し、留守中に来客があってもすぐにわかるようになる。
④友人、家族向けのプライベートなウェブサイトが流行し、チャットやイベントの計画などに利用される。
⑤デバイスにスマート広告が組み込まれる。使用者の購買傾向を把握し、その人の嗜好に合わせた広告が表示される。


で、はたしてそれは「未来を予想していた」のだろうか?

①(テクノロジーの可能性と発展から)そうなる事は、当然の理であるから、
 そうなる事が読めていた。

②(テクノロジー企業は)そのような未来を望んでるので(願わずにはいられない)、
 そのような方向へ事体を「進めた」のではないか?

③(テクノロジー企業が)そのような未来を強く望んだから
 そのような未来が「引き寄せられた」のではないか?

この件に関しては、②の要素がデカいように思える。
テクノロジー企業がそのように行動するという事を予想している、という解釈によって
①だという事もできるわけだが。
③は完全なオカルトだ。

オウム真理教はハルマゲドンを予想していたわけだが、
地下鉄サリン事件の実行は②と同じようなものだったろうか。
であれば、オウム真理教はビル・ゲイツみたいな人とある側面で同じではないか。

言いたいのはビル・ゲイツとか論評ではなく、
詭弁を弄することでもない。
「なぜ、強く、ある種の未来を望む事ができるのだろう?」
という事で、
「ある種の未来を強く望むことができれば、たいていの事はできる。」
という事だ。
(上の記事は例に出すのにちょっと間違ったかもしれない。ジョブスが例に一番ちょうどいい)

望むという事は本当に恐ろしい。
本当に望むためには、よく材料を集めて、
それが本当に信じられるものかどうかを確かめないといけない。
そんな作業はとても骨が折れて、大変すぎる。
そしてそのうち、どうでもよくなってしまう。
大体の事はどうでもよい。

天才か馬鹿ならよくそれを成し遂げるんだろう。
いや、馬鹿も途中でそれを忘れてしまうか。

だから何かと。

僕もなにかを信じたい。
僕も何かが欲しい!と強く思ってみたいと思う。
でも一方で、特に何も望まない僕のマインドは立派なんじゃないか?という気もしている。
しかしその欲しい対象が無形のものだとカッコつけたまま生きていくことができるかもしれない。
だが、そんな高度な前頭葉を持ち合わせていないので、今日も僕は気力がない。

女がいれば!女がいれば僕もきっとがんばれる!
というような気が少しするが、そんな女はありえないという事を強く感じている。
アラサー男がこんな中学生と同レベルのことばかりをサタデーナイトフィーバーしているのはやるせないものだ。
腕立て伏せをして、明日は吐くほど水泳かランニングをしてへとへとになりたい。
ゴミ以下の思考をどうにかしてくれ。
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Author:SKM
妄想が世界の超内向的なアラサー。
中小企業勤務の底辺リーマン。

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