looking for the part of light in the KOYA

祈るしかない。

24歳くらいからオナ禁をやり始めて、もう30をこえた僕にとってオナ禁は容易くなっていた。
容易すぎて無意味になっていた。

無意味なオナ禁になってしまった理由は、僕にはオナ禁よりも重要な何かがなかったからだ。
とりあえずオナ禁を続けていることで、せめてもの自己肯定を図ることができた気になっていたのかもしれない。
自己処罰的な気持ちになっていたのかもしれない。
そこで培われたのは、自己の欲望の否定の姿勢だけだったのかもしれない。
・・・などとここ数年は感じていた。

でも、他にも培えたものはあったと思う。
先日amazon unlimitedで「脳が冴える15の習慣 ―記憶・集中・思考力を高める」 (生活人新書)といううすっぺらい新書を読み、
そこに書いてあった事に目がとまった。
それは「脳を鍛えるためには、日常的に自分を繰り返し律する訓練が必要だ」という事だ。
たとえば自分の仕事だけをしていればいいという姿勢ではなく、家事をしたり掃除したりといった日常の雑事に取り組むことで、面倒な事でもとなしていくことで、意思力が鍛えられるという事だった。(もちろん、同時に効率化する方法も考える)

日常生活のなかで意志力を要する事に取り組むこと、それはちょっと気を抜けばムラムラとしてエロい妄想をしてしまったり、エロ動画を見たくなってしまう心を制するオナ禁と通じる事だった。むしろ、オナ禁はそんな日常の雑事なんかよりずっと意志力を使う取り組みだった。僕はそんな取り組みを通じて、意志力を鍛えられたのではなかっただろうか。
・・・少なくとも、最初の数年は。


・・・でも、僕は間違えた。僕が陥った過ちは、ただ禁ずるだけだったからだ。
禁じるだけではなくて、何かに転じなければいけなかった。
だから、ただ欲望を押しつぶして、生命力を減らしていくだけだった。
意志力をもって、何かをやらなければならなかったのだった。
別に僕は、今となってはオナ禁をしなければいけない理由なんてない。
それを捧げてまで成し遂げたいこともない。別にオナ禁なんて捧げるというほどの価値もないことだが。

ただ祈るしかない。純粋さの中心に対して祈るほかない。

正直、今年中に彼女を作るという目標を立てていたけど、意欲まんまんとは到底言えない。
今度引っ越すときにはペット可物件にして猫と暮らしたい。そんな事を考えているほうがかなりワクワクする。
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Author:SKM
妄想が世界の超内向的なアラサー。
中小企業勤務の底辺リーマン。

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